辻中俊樹のエスノグラフィーマーケティング③ 猛暑のホットコーヒー、ルミネのエスカレーター

<暮らし>リズムマーケティングセミナーでの発言を抜粋してお届けします。2018年7月に『8月と12月の秘密 -行動スイッチがオンになるシーンをつかむ-というタイトルで行われたものを3回に分けてご紹介します。今回はその最終回です。

〈6〉8月―猛暑のホットコーヒー―

僕は長い間コーヒーのお仕事をやっていたんですけれども、時系列のコーヒーの利用形態調査の分析もやっていた。10年ぐらい前まではドリンクサーベイと名のついた調査は、対象者が59歳以下だった。60歳以上は調査対象者になっていなかった。そんな調査は山ほどあった。今は80代まではとっています。で、調査対象年齢を伸ばした、そうすると飲用量が伸びているんです。シニアはコーヒーをよく飲むんです。そんな飲んだらおしっこが出るでしょうというぐらい飲んでいる。

コーヒーはアイスとホット二通りしかない。その中でもホットコーヒーの飲用が増えてる。これは今まで飲んでなかった機会に飲まれているということです。つまり、夏に飲まれないと増えないのです。冬は飲んでるに決まってる。

冬はさすがにアイスコーヒーを飲む人は今は少ない。ただこれから増えると思う。さっきの冷蔵庫調査をやってみて、アイスコーヒーのネックは氷を作ってないということ。氷作ればいいじゃんと思うんだけど、対象者に聞いてみると、氷をどこで作ればいいんですかと聞き返された。「トレイで作ればいいじゃないですか」というと、「それは捨ててしまいました」とか、もっと面白いのが、離乳食を作るのに使ってしまう、アイストレーに乗せて離乳食を作っていた人もいた。とにかく、氷の家庭内保有率が低いから、これはアイスコーヒーの難敵。これさえクリアされれば冬のアイスコーヒーは増えると思う。なぜなら冬の住宅内は暖房が効いていて、あったかくなっているのだということ。これは、夏の室内が逆に寒いという事と関連付けられることなのです。

夏のホットコーヒーは今まで少なかったんです。大体2割5分ぐらい。それが、今、セグメントによっては7割超えます。くっそ暑い夏場にホットコーヒーを飲む。ホットコーヒーを飲むのは現実的に言うとホットの方が豆のフレーバーがよく出る、単純においしいんです。正直言ってだからホットコーヒーの方が美味しいのは事実なんだけれども、だから猛暑なのにホットコーヒーなんです。アイスではなくてね。だから、原田知世が出てきてブレンディなんだかんだと言ってる場合じゃない、ホットコーヒーのキャンペーンやらなきゃいけないんじゃないのと思っているだんけど。つまり、夏だから暑いのでホットコーヒーは飲まないではなく、コーヒーを飲むシーンの環境条件・温度にもっと関心を持って気分のスイッチ、行動のスイッチを見ておく必要があるのです。

ここで、考え方は2通りあって、一つは、やっぱりシニア層がホットコーヒーを飲んでいて、これは、さっき言ったように夏でも寒いしね。できればホットコーヒー。常温でコーヒーを飲むという習慣はない。お茶だったら別なんだけどさすがにコーヒーだと美味しくない。ホットコーヒーが飲まれているのはシニアというのはある。

ホットコーヒーは煎れるのに時間がかかるというネックがある。ただね言ったって10分ですよ。コーヒーを煎れるのにかかるのは、あの瞬間が楽しいという人もいるんです。楽しくない人はそういうのはやらない。シニアのコーヒータイムは、ドリップして飲むという時間を消費するシーンにスイッチが入るという事です。この瞬間、私は幸せという人もいるんです。その瞬間がコーヒーを飲む意味なんです。心身ともに、ホっとして暖かくなる。これがホットコーヒーを飲む意味なんです。

若い人、30代。これがまた時間がないとか色々言う世代。実を言うと、お子さんを産んだ後の女性、僕らの言葉で言うとポストマタニティの世代、ここでコーヒーよく飲んでいる。まあ、妊娠していたから我慢していたというのはある。それと出産後に味覚変化を起こすというのはあるんです。コーヒーがどんどん飲みたくなっちゃう 飲んでみたくなっちゃう、で、コーヒーに対して参入が増える。その時に、アイスに行く人はあんまりいない。なんでかと言うと子供がピーピーピーピーうるさい。あれが一瞬寝る。一瞬だけ。その時だけ私の時間になる。ちょっと不埒な奴はその時に一服吸いに行く。そうじゃない人はその時に、ドリップをするんです。幸せな瞬間。この時間は作れるんです。豊かさと作る時間てのはトレードオフする。ちなみに、リキッドコーヒーと呼ばれてる大きいペットボトル。あれはダメだと思う。飲むシーンがない。もちろんあるにはあって、例えば、町内会の集まりとか、そういう時には、あれがないとダメ。そうでもない限り、あれは無理だと思う、まあベースになる需要はある。ブランドによっては100億ぐらいの消費は維持します。でもトレンドはどこにあるか という認識は持った方がいい。トピックスとしての「8月のホットコーヒー」という行動スイッチの入り方はよくおさえておいた方が良いと思う。

〈7〉シミ、シワが気になるのはルミネのエスカレーター!

3年ほど前になりますが、ドモホルンリンクルと言う商品をターゲットに、博報堂の国田さんと一緒に、シミとシワに関するインサイトの調査をしたことがある。シミ、シワは一体いつ誰がどんな時に気にしているのというのがベースになると思って、気持ちのスイッチがいつ入るのかというのを調べてみた。そういう悩みをいつ感じるのかやってみて、なるほどなと気づいたのが、一つは女性が、自分の肌が汚い、目尻のシワが、とか気づくのはルミネのエスカレーターに乗った時と書いてある人がいたんですね。ちょっと行ってみるかと思って行ってみたら、あそこはガラス貼りなんですね。エスカレーターって、確かにガラスが多いでしょ、最近のすかしたビル程、ガラスが貼ってある。あれは気になるんです。結構ブサイクに見えてしまう(笑)。

次は地下鉄の中、特に立っている時、地下鉄って目の前が暗転しています。精度の悪いミラーの前に立っているのと一緒。これも、また、あんまりいい顔に映らない。光線の具合が悪いから目の下にクマがついたりよくなる。これが気になるんですね、女性はこんな時にシミ、シワを気になってるんだなと。それからトイレです。トイレの鏡ってちょっと気になる。これは要するに一人になる瞬間ということです。こんなシーンが“気になる”スイッチが入る時だということです。

もう一つ、とっても多いなと思ったのは、幼稚園とか保育園とかに送り迎えしているママさん。彼女達は送り迎えの瞬間にシミとシワが気になる。なんでかというと、同世代のママ同士が「どこどこのママは最近シミシワが目立つんじゃない?」とか噂になるんです。これは、男性の場合もそうだと思うんだけれども、ネガティブな要素、これは同性同士が多いんです。女性は絶対に異性の目線でネガティブチェックはしません。女性は女性同士の視線がもっと大きい。園の送り迎えは最重要ポイント。

それから大事なのは、気温と湿度と風向き。今日は西風が強くて埃が舞っているので肌の調子が悪いとか、あるいはヘアスタイルがうまく決まらないとか、こういった天候要素がすごく多い。年配の女性が「そんなにしなくてもいいんじゃない?」というぐらいに、紫外線の防衛をしている。「乾燥した風が目じりを直撃する。」というような感覚を訴えている人もいました。お天気と肌はすぐにスイッチにつながる関係だ。

とにかく、この瞬間に、適切な情報が来ていないというのが問題。園の送り迎えの、シミ・シワが気になる瞬間に、「シミが気になるあなたに」とかスマホでメッセージを送ってみるとか、ルミネのエスカレーターが気になるんだったら、そこに広告を出しておけばいいじゃないですか、実際にそういうのがいいかどうかは別ですけど。失礼なことを言うなと言われるかもしれないけど、それがモチベーションのピークにあたる「気になるスイッチ」を押す可能性があるんです。

しかしながら、これまでのパターンというのは夜の深い時間にCMを打つ。BSの夜なんかいっぱい入ってます。でも、その調査を見たら、夜の11時過ぎたら生活者は、はっきり言ってどうでもよくなる。もう顔がどうなろうとどうでも良い、今日は終わり。その前に30分かマッサージして、今日はもう大丈夫と思っているか、疲れきって今日は全て忘れる、という時間になっている。こんな時間にテレビでガンガンCM 打ってもみんなの気になるスイッチはもう寝ている。最もモチベーションが低い時間帯です。

〈8〉1次データ、2次データということ

たとえば家計消費支出調査の表です。よく見ると私が自分でつけた印が付いています。何を言いたいかと言うと、こういうローテクなことをやらないとデータが五感に響いてこないんです。パソコンの画面でエクセルをスクロールしているだけでは、ふーんというだけで終わりです。「ウェート付して全部色つけて分類して」とか指示を出すと、やってくれる人はいっぱいいる。ただそれを見ても綺麗だねと言うだけです。

それから、こっちは手書きです。自分で手書きしました。必要なとこだけ手書きで私は抜いてるんです。ここみると12月24日というのがあるでしょ。縦に色んな項目がダーっときて、ケーキというのが361.9円と書いてある、これはこの日にこの金額を支出しているという事です。普段は20円も買ってない。自分で自分の仮説を作ってイメージを膨らませるには絶対に手を動かした方がいいです。手を動かさない限り仮説がわかないのです。

こちらは、ウナギの家計消費支出データです。最近は棒グラフになったりかっこよくなってるものがデータだと思っている方が多いのですが、データって違うのです、こういうものなんです。後ろに日記調査のデータもついています。送り迎えをしたママが「どこそこのママはとっても綺麗でムカッ」とか書いています。ルミネのエスカレーターのこともここに書かれています。外出して外の風に当たって肌が乾燥して、「乾燥を目尻に感じる」と書いてある、こういう事がいいんです。寒さ乾燥が目尻に来る奴がいるんだなと。それが万人とは言いませんが。

最後にちょっとだけ真面目な話をすると、今お話しした生活日記調査みたいなのは生活者一次データです。一次データというのは仮説を持って何かを知りたい人間、企業が、直接社会調査の手法をとって、データを収集する。で、さっきみたいな家計消費支出データみたいなのは、これはニ次データ。基本的にリサーチで使うのは一次データと二次データです。二次データを先に扱って仮説を作るということもできます。だから、家計消費支出データをみたいなのをサクっと見て、仮説を作っておくというのもできる。

一次データは収集方法を間違えると、とんでもないことになる可能性がある。それは眼力が必要。対象者から健康志向という言葉が出てきた時に、何が健康志向だとか、そういうことが言えないと、要するに、仮説前提が持てるか持てないかです。

今日はとりあえず、 林知己夫さんの名前を覚えていってもらえば、私からの伝達事項は終わりです。日本というのは本当に捨てたものじゃない。独自で研鑽を積んで世界的に群を抜いている人はいます。

辻中 俊樹
株式会社ショッパーファースト シニアフェロー
生活日記調査などエスノグラフィーアプローチによる生活者リサーチとユニークな解析を一貫して実施。
『マーケティングの嘘』(新潮新書)など編著書多数。