<暮らし>リズムマーケティングセミナーでの発言を抜粋してお届けします。2018年7月に『8月と12月の秘密 -行動スイッチがオンになるシーンをつかむ-というタイトルで行われたものを3回に分けてご紹介します。今回はその第1回目です。
〈1〉林知己夫さん―B29のエピソード―
ここにいらっしゃる方のどの位がご存知かは分かりませんが、林知己夫さんという方がいます。日本人としては世界に誇れる統計数理学者です。東京帝国大学の卒業生で理学部数学科を卒業した人。いわゆる、数量化1類、2類とか3類とか定量データの分析する仕組みがあってそれを作った人です。クラスター分析に関わる、今当たり前のように言われていることを作った人、大したものだなと思っていて、僕は30代の頃に林先生の所に、話を聞きに勉強しに行ったことがあるんですが、言っていることの大半はさっぱりわからなかった。
数式書いて、「これはこういうことだぞ」とか言われたんですけれども全然わからなかった。
ただ、次の世代にそういったことを伝えられる最後の世代に自分がなってきたかなという気がしていて、そういったものを伝えていきたいというのがこの会をやろうと思った趣旨です。
多分このエピソードすらなかなか通用しないんじゃないかと思っている事があって、林さんが大学を卒業して陸軍の参謀本部みたいな所に勤めて、まず、日がな一日、B 29の飛来数の観察をずっとしていたそうです。今日は何機、何編隊来てどこに何発爆撃したかとかずっと観察調査してこれは数量調査というよりは観察調査です。そうしている時、ある日、2週間に1回 B 29の飛来数が大幅に減る時があるというのに気づいた。どういうことだろうと思っていたらその時にある仮説を思いつくわけですね。あ、これはサイパンの B 29の基地がお休みの日だった、あるいは爆弾の数が足りないとか、そういったことを考えると2週に一遍、何か来られない理由があるんだろう、そのぐらいの兵站能力しか持っていないのだろうと。
その後も、それを続けていくと今度は2週間に1回来ないはずの B 29が来るようになった、その時に林さんが思ったのは、サイパンの基地にさらに増援が来たんだろう、当然弾薬も来ているでしょ、そういった兵站能力が出来上がったんだろう、と。これだけの兵站能力がサイパンに出来上がっているとして、そうとなるともう日本は数ヶ月もたないと分析するんです。
それが彼の数理分析なんです。僕はそれを彼からエピソードとして聞いたこともあるし本でも読んだこともある、やっぱり見て観察をして実感をして、そこでパターンを見つけて初めて仮説を作る。この場合、相手は敵国ですから、当然リサーチなんてできない、そういう時に仮説を作ってこういうことじゃないかということを考えて、それから、もし可能であれば、数学的に解きほぐす。彼の数理分析は基本的にそれです。肌感覚で観察をする、僕らの言葉で言うとN=1、たった1サンプルでいいから、その中に込められてるものを肌感覚で理解する。で、仮説を作る。で、この仮説が本当に国民ベースで考える場合は、まあ、5000サンプルぐらいでしょう、もっとセグメント小さい場合、例えば30代の女性でという場合には500サンプルで検証すれば、数学的に保証できる。
林さんの本は一度読まれると良いと思います。ただ、半分ぐらいは何言ってるのかわかんないですが。
今マーケティングとかリサーチは、発想が逆になってまずどれだけ大量サンプルの結果なのかということころが興味関心になって、そうじゃないと意思決定できない。まず何サンプルでもいいから仮説を作って、本当に正しいかどうかは、数学的定量調査で検証する、整合性が取れるかどうかを確かめてみればいいだけの話。POSデータなんかもそうです。POSを見る前に誰が買ったか嫌そうに買ったかどうか、そういうのを発見するのが最初です。その順序が逆になっている。こういう仕事をやっていて発想が逆なんじゃないのと言う事が多い。
〈2〉―気持ち、行動のスイッチをどうつかまえるか―
話はかわりますが、去年一年でたった一冊記憶に残っているのは室生犀星の絶筆です。最後死ぬ間際に書いた小説で、読んでいてひしひしと感じる、そういうことなんだな、じじいになる、ということは。間もなく死ぬということは、こういうことだなと感じる。そういうのが役に立つ、そうでもなかったら、小説読んでも面白くもなんともない。それよりも本当に起こった出来事が面白い。「われはうたえどもやぶれかぶれ」という小説で、年老いていくという事が何なのかが実感として分かりました。大量サンプルの老人の意識調査なんかより、はるかにサンプル1だけど肌感覚で分かることが大切なのです。
今日話す中の一つのテーマで、何が売れたとかっていうのは行動の一つの帰結点いわゆる POS データで出てくるようなデータです。それをどうやって食べたんだとか、食べてうまかったのかとかそういった点まではPOSでは分からない。
あるいは、買ったという軌跡が残るけれども、その前にどういう行動のスイッチが入ったか、いきなり、例えば、肉マンが食べたいと思って買いに行く奴はそうそういない、その前に何らか軌跡があって、その結果、買うという行為に至る、その間なんらかのスイッチが入って、たぶん最初は気分のスイッチかなんかが入って、あるいは、もうちょっと行動に近いスイッチが入ったりして、あるいは、3日前にスイッチが入っていて急に思い出して、また買って食べたいと思っただとか。やっぱりこのスイッチの流れがうまく取れないとマーケティングにはならない。
スイッチってどうやって入ってるかと言うと自分のことを考えるのが一番よくわかる。どうやって自分はスイッチ入れているんだろうと考えてみる、これは24時間ずっと追っかけてないといけないので、他人のことはよくわからない。自分の事といっても、それだけをあんまり独善的にならずに、人様はどのようにお考えなのかということを考える、そういったエピソードをいくつか今日話しします。
たとえば、12月というのはクリスマスがあって、クリスマスって本当はどうなのかなとつらつら考えてみた時に、そういやクリスマスって何もしてないのかもしれないと思いました。僕は今は子供は独立していて、クリスマスは基本的に妻と二人。何もやることない。でもまぁ、昨今は、クリボッチという言葉が話題になっていた、我が身に返ってみて、いまいち、やっぱりクリスマスはパッとしないんではないかなと。でも、晩御飯作らないといけない時にクリスマスだから鶏かなとか、冷蔵庫に残っている唐揚げでもあげますか?みたいな感じ。ここ5年くらいそんな感じになっているんじゃないか。この歳になったらプレゼントもサンタクロースもない、子供が小さい頃は義務感もあってやっていたけど。若い世代が、クリボッチと言ってて、クリスマスなんか祝うのを鬱陶しくって、めんどくさいと思っている こういう人が増えていそうだと。
〈3〉―「クリスマス」から見える未来―
ちょっと、きっかけがあって、クリスマスの事をデータで見ていたら、やっぱりなかなか良いデータがない。これをWEB調査なんかでやってみたら怪しくてしょうがないです。よく電車の中でiPad とかスマホを開いてなんかやっている、あれけっこうWeb 調査だと思いますよ。お前もうちょっと真面目に回答しろと思ってみているけど、どうも信用ならんなと思って、僕は見ている。
林知己夫さん達が心血をそそいでその基盤を作った調査の1つで、日本の家計消費支出調査というのがある。総務省統計局というところが発表しているオープンなデータで、著作権は全くありません。この家計消費支出調査というのを私は物凄く信頼していて、ただ、めんどくさいからみんな使わないんだけれども。これは9000サンプルでやっている調査で、毎日毎日何を買ったか、いわゆる家計簿をものすごく細かくやっている。これを見ると大概のことがよくわかる。これが毎日、1日ずつ出てくる。
その調査の中の12月の家計調査を見ていて、12月24日に何をやっていたかと。そうするとやっぱりそういうことなのかなと思うのが、どれも、この日に支出が上がってないんです、微動だにしていない。むしろ下がっているぐらい。見ていたら牛肉も鶏肉も豚肉も平常と全く変わっていない。鶏肉ですら変わらない。だから、生活者がクリスマスに何か特別なものを食べるということを放棄している事がわかるのです。消費支出というのはその日に、あるいは4日以内ぐらいに食べられているものが何であったかという観点で見ている。だから単純に言うとクリスマスにご馳走を食べてない。
別の言い方をするとご馳走を食べてないということは人が集まってないということです。人が集まった時には家計消費支出は爆発的に上がるんです。だからひとりぼっちかふたりぼっちにクリスマスは変わっていったんです。私が子育てをしていた80年代、多分その頃は親と子供達が集まってご馳走を食べるという流れがあったんだと思う。そういうのは、現在は壊滅状態。そのうち、クリスマスというイベントはなくなると思う。クリスマスを狙って何かマーケティングしようというのは金輪際やめたほうがいいと思う。
クリスマスに伸びている家計支出というのは唯一外食。外に行って焼肉でも食べようかとか、あるいは子供がいるならガストでも行ってみるか、これは伸びると思います。もう一個、他の日と比べると桁が二つくらい違うのがあって、これはケーキです。だから、クリスマスはケーキを買ってくる日なんだと、それ以外何もない 。そういえば僕も食べたような気がするなケーキを。でも、それは一週間前に 生協の宅配できたやつです。だから一週間ぐらい前から支出が上がっているんだと思う。
このように家計消費支出調査というのはすごく信頼できる。中には、9000サンプルで国民全体のことがわかるのかという人もいるけれども、B 29の飛来数を一定期間ちゃんと見たら日本の敗戦が分かるというぐらい、統計数理というのはちゃんとしているんです。ちゃんと仮説を持っていればね。
クリスマスというのは日本の生活の中から抜け落ちていく傾向にあると思う。「ケーキを食べる日」という残像しか残らなくなっていく。僕は食べ物が固有でセットになっていないイベントというのは駄目になっていくと思う。ケーキだけで残っていくというのはダメでしょ。だから、ハロウィンもパッとしないだろうなと思うのは、ハロウィンって一体何を食べるの?と。ハロウィンだからあれとこれを食べようぜ、というのがない。かぼちゃは私のようなおじいちゃんの世代は冬至に食べるものです。食い物のパターンがある程度セットされている行事でないと残っていかないと思う、これは外来文化であるとかは関係ない傾向だと思う。
(この項、次回に続く)
辻中 俊樹
株式会社ショッパーファースト シニアフェロー
生活日記調査などエスノグラフィーアプローチによる生活者リサーチとユニークな解析を一貫して実施。
『マーケティングの嘘』(新潮新書)など編著書多数。