辻中俊樹のエスノグラフィーマーケティング④ “青空ごはん”から探索する「ソロ飯」の価値

<暮らし>リズムマーケティングセミナーでの発言を抜粋してお届けしております。2018年8月に『エスノグラフィアプローチ―“青空ごはん”の価値をどのように見つけ出す―』というタイトルで行われたものを4回に分けてご紹介します。今回はその第一回目です。

〈1〉“青空ごはん”を探ろうとしたきっかけ

今日は、“エスノグラフィ”というリサーチの手法の、大きな考え方、やり方をベースに、それをやることで、どういった事が分かるのかという所をお話ししたいと思います。非常に観察的というか、小さい事実の発見から、物事を見ていくというお話です。今日の主たるテーマとしては、青空ごはんという視点、ものの見え方を整理してお話したいと思います。

青空ごはんとは、何かといえば、文字通りで、外で食べる飯、という事です。一番のメインは、誰でもわかるように、キャンプで食べているご飯。キャンパー達が集まって食べているご飯、とあっさりと考えても良い訳です。正直言うと、個人的には、キャンプで食べているご飯のことにそれほど興味がある訳ではないです。でも、何かが変わっていっているのかもしれないなという感じはあります。

60代位の男には多いんですが、私も高校時代は山に登っていました。青空で食べる飯はうまいというのは、まさにその通りで、原理原則そうだろうと思います。実は、青空ごはんをしっかり調べてみようかなと思ったのは、1つのお弁当の写真です。おにぎり、から揚げ、卵焼き、プチトマトがはいっているお弁当。 日記調査の中で、65歳の女性が書いていた日記かな、ご夫婦でこのお弁当をもって、護国寺に行ってるんです。お墓参りです。で、そのついでに、周辺でこのお弁当食べているというシーンが出てくるんです。
これは素晴らしいシーンだなと思いました、美味しい、美味しくないは別として、非常に価値のあるシーンだなと思いました。から揚げはたいしたメニューではないけれども、価値の高いシーンだと思っています。これが青空ごはんの真髄ではないかなと、ふと思ったのが、入り口です。きっと何かこういう事が、世の中には一杯あるのだろうなという思いがあります。

これは、僕の概念でいうと、青空の下で食べている二人飯というものです。カッコいい言い方で言うと、デュオめしという言い方をします。キャンパー達が使っている言葉でデュオキャンという言葉あります。二人でキャンプをやるということです。これはキャンプでのお弁当ではありませんが、 65歳を過ぎたご夫婦がやっていることに私はものすごく美しい価値があると思って、これが18~20歳の恋人同士がやっていても、なんともない。連れ添って40年位経っている二人になると、ごはん一粒一粒の味わいが分かっていると思います。 これは、やっぱり、なかなか面白いなと、家の中で食べているシーンと比べると破格に違うんだなと。ただ、そうじゃないところで本当に価値を持った食シーンというのは、多様に広がっていってるんだなというのが見えるという感じがしています。

ここからエスノグラフィの話がでてきますけれども、こんな事はどうやって調査したらいいか、ふと、ある瞬間に登場したこのシーンの価値というのは、通常のアンケートなどとは違うアプローチをしなければいけないんです。先ほども言ったように、キャンプで食べているご飯がどうしたこうしたというのは、別に重要ではなくて、でも、このキャンプならキャンプという、外で食べているシーンでどんなことが起こっているのかなという中に、鍵が潜んでいると思いました。

これは、典型的なエスノグラフィの調査と思ってもらって結構ですが、系統だった計画的な調査というより、ある意味、行き当たりばったりみたいな所もある調査です。

〈2〉「ラーツー」から発見した“ソロ”めしの価値

今の時代は比較的便利になって、利用できるツールが増えています。こういうツールは使った方が良いので、この時はSNSを使いました。フェイスブックの、「ソロキャンプ」「みんなのキャンプフィールド」「キャンプっていいね」という3つ、大体、1万人位参加者がいるSNSです。別に少人数でやっても価値はあるんですが、要するに1万人位いると、その中ですき者というのは、少なくとも、4~500人いるといえますから、そこそこの確率で色んなものをアップしているという期待は持てる訳です。去年の4月から、約一か月、文章よりも写真が多いので、ずーっと、日々眺め続けました。記憶でいえば、総計1万5千枚位の写真を見たと思います、「なるほどね、なるほどね」と思いつつ、もちろん、下世話な興味で言うと「そもそもどこのキャンプ場に行っているの?」とか「やっぱり富士山の麓は人気があるんだ」とか「数寄者は道志川に行くね」とか、いろいろあるんですが…まず、最初に一つ気が付いたのが、ソロキャンプって、相当の技量がないとできないんですよ。一人で行く訳ですから。その中で、当然、食事も一人です。で、この食事が得も言われぬ程、素晴らしいんです。原データは後でお見せしますけれども、このSNSっていうのは、慣れていないと困る所があって、そのサークルだけで通用する略語が多いんです。ソロキャンで、こりゃすごいねと思ったのが「ラーツー」というのがあったんです。なんだと思ったら、要はカップラーメンを食べるためにツーリングをしてるんです。キャンプしている人達は、バイク乗る人が結構多いんです。今どきバイク乗っているなんて、変わり者というか、少ないですから。
で、そのバイク乗っている人の話。この人は、私の推定では、群馬の高崎辺りに住んでいる人なんです。バイク乗って、赤城山の上まで登っているんです。赤城山って、上に湖があるんですね、カルデラですから。その畔で「ラーツーをしました」って書いてある。要は、カップラーメンですよ、それをバーナーで沸かしたお湯で食べているだけ。でも本当に旨そうに見えるんですね、そのためにすごい手間暇かけている。行って帰ってだけで3時間半かけている。たかがカップラーメン一食です。お湯を沸かすために、バーナーも持っていく、要するにギアもちゃんとしたものを使っているわけです。普通の家庭人から見れば、たかがカップラーメンにそんなにするのかい?という感覚でしょうけど、想像するに、食べた本人には、やっぱりこの食は旨いでしょう。これは価値があるんですね。

価値があるというのはどういう事かというと、まず、ひるがえって、家庭での食事を考えて見ると、私が家庭の食事は価値が低くなっていると思うというのは、第一に、手間暇をかけていない。時間かけていない、ギアにこだわっていない。これが食べたいというイマジネーションを持った材料を使っていない。赤城山の「ラーツー」にはそれが全部あるんです。だから、これはすごいものだなと思います、この瞬間は幸せを感じるものだと思います。食から、なんでこういう価値が奪われていったのかというのをすごい疑問に思っているんで、やっぱり「ソロ飯」というのは、とても大切なんだろうと思います。

で、ここから、少し話が跳びますが、誰か、この「ソロ飯」に「孤食」という名前をつけて貶めた人間がいるんですね。そういう人達は懺悔した方が良いと思うんですけど。「孤食」の何がいけないのかと、「孤食」こそが手間と暇と、ギアに金をかけた食事になっているじゃないですか。この赤城山のラーツーなんて、時短に最も反してる食事です。これは私は価値があると認めています。これが食事の中で価値あるシーンだと感じています。

で、そういう目で見ると「ソロ飯」というのは侮ってはいけないんだなと思います。というのは、これは赤城山の美しい風景のもとで食べているという前提があるんだけど、家の中で食べても、多分「ソロ飯」はもっと大切なものが込められている事があるんだろうなと思います。

〈3〉アヒージョ、ピザ、串揚げの価値

あとは、そのキャンプのサイトをずっと眺めていくと、仲間と行っているとか、三世代で行っているとか、そういうのもモチロンあって、それはそれで素敵だと思います。二子玉辺りなんかだと、多摩川の河川敷でバーベキューやっている人達もいますね、結構、隣がうるさいとか、夜に火を焚くなとか、もめたりもしているようですが… グループでキャンプに行ってる人達、そういうシーンの中に、どういう食シーンがあるのだろうと見ていて思ったのは、そんなご馳走食べている訳じゃないんですが、例えば、ユニークなもの食べているなと思った第一は、家庭の食事では一番やったらいけないのは、油もの、フライでしょう。これは自宅で作らない、というのが一つの原則になっている。実はキャンプで、フライをやっているシーンは結構出てきます。コールマンのバーナー使ったりとか、あとは意外と便利なのが、イワタニのガスコンロ、これは使っている人が結構多いです。キャンパーだから、一概に、本格派のギアを使っていると思ったらいけないです。あとは、イワタニのガスボンベの利用だったら、五徳状のものもあったりして、みんなそういった物も使っています。そういうギアの利用もあって、フライものというのはすごいよくやっている。その中で、これは抜群に旨そうだなと思ったのは、串揚げです。オッサン3人位でやっていました、100本位串揚げを食べているんです。これは、旨そうで、家ではやらないことです。手間もかかるし、時間もかかるし、面倒臭いし、この場面でしかできない価値あるシーンだと思いました。

あとは、なるほどねと思ったのは、アヒージョの登場する率がとても高いんですね。アヒージョはとても簡単な料理なんです。簡単だけど、家では絶対にしない料理のひとつです。キャンプでは結構出てきます、オリーブオイルがあれば良いし、あとは、結構良いココットやスキレットを持って行ってやっていたりもする。娘達の世代に聞いてみたら「家でアヒージョ?バカじゃないの」と一蹴されると思います。

キャンプでの料理写真

次に良く出てくると感心したのは「ピザ」です。手作りのピザを焼いています。冷凍のピザでも良いんですが、ちゃんと自分で作っています、上に乗っているものは大したものではないんですが、このピザを焼いています。そんなに苦労しなくても、ダッチオーブンで焼けますから。こっている人は自分で石組み組んで焼いているみたいなシーンも出てきます。

要は家でやらないものをやっているんです。通常、「なんでこれをやりたくないか?」というキーワードがいくらでも出せる料理ばかりですよ。アヒージョを家でやるというのは、「オリーブオイルをそんなに使ってもったいない」「暑い」色んな理由がつけられます。ピザなんて家でやるなんて出てこないし、串揚げは絶望的にダメでしょう。こういうものが沢山でてくるんです。あとはなるほどと思ったのは、燻製ですね。これは外シーンじゃないとできないのは間違いない。そういうキャンペーンをメーカーがやっていたりもしたんですね。雪印の6Pチーズは本当に燻製に向いているんです。これも単純にダッチオーブンの上に置いておくだけでいいんです。

キャンプでの料理写真

ベースとしては、当たり前のように肉は焼くというシーンは出てくるんですが、意外と少ないんです。

あとはこれはすごいなと思ったのは、「おでん」をやっていますね。私が調べたのは、4,5月です。青空ごはんに向いている、ちょっとキャンプができそうな場所というのは、大体、標高500~1000メートル位にありますから、4,5月は寒いんです。みんな「寒い、寒い」と書いています。寒いという事を念頭において、何をするかというと、やっぱり「おでん」は出てきます。あとは「ポトフ」とか。そういう、家の中ではやらない、手間と暇と労力とか色んなものをかける、でも材料はそんな大したものではない、みたいな物をよく食べているというのが感心した点です。ある意味、家の中で拒否されたものが、価値あるものとして登場してくるというシーンが世の中にはあるんだなと思いました。ただ、これは明らかにマスではないです。全体の10%位のものだと思いますし、加えて言うと、頻度でいうと1年で沢山登場するという訳ではない。

(この項、次回に続く)

辻中 俊樹
株式会社ショッパーファースト シニアフェロー
生活日記調査などエスノグラフィーアプローチによる生活者リサーチとユニークな解析を一貫して実施。
『マーケティングの嘘』(新潮新書)など編著書多数。