本日より複数回にわたり、コロナウイルスが生活に与えた影響と、コロナ禍における生活者の新たな気づきについてお届けします。
本日は第2回目のご紹介です。
—「抹消神経」をフル動員すること―
l <身体生理>感覚の揺り戻しが始まった
料理をする、調理するという行為は、ある意味全身運動であり、<身体生理>感覚がフル動員されることになる。買物など物理的な肉体運動やメニューを考えたりするといった部分が、ECやネット情報で簡略に代替されていったとしても、料理は<身体生理>というリアルな世界そのものである。
指先や手、足腰を含めた全身を使うという、まさに文字通り「手作り」そのものである。加えて視聴覚、触覚や味覚という生理感覚のすべてをも動員することになる。デジタルリテラシーが膨張していっている現在から未来にとっては、まったく別の価値観と実際の<身体生理>活動が浮上してきたことに他ならない。
指先や手という末梢神経こそを、暮らしの行動の基点におくということである。喫食の価値が、脳の視床下部にある快楽中枢や満腹中枢だけが司どるということから、揺り戻されているのだ。もちろん脳が満足を得ることも含めてだが、<身体生理>の全体を動員することになったことが重要である。
これと同様の価値変容が暮らしの中のいろいろの局面に現われているのが、コロナインパクトのポイントなのである。手作りマスクという行為もこのことと同じ意識の文脈だとみておくことができる。消費対象としてしか考えられていなかった使い捨てマスクだったが、これを手作りするということが最初は小さな動きで始まった。もちろん、使い捨てマスクが品切れで手に入れにくいという社会的状況が一方であった訳だが、最初の頃にマスクを手作りし始めた人たちはその品切れ対応としてということだけではなかったようである。
家に残っていた様々な布地の再利用にもなるし、やれば簡単だしオリジナルなテイストも楽しみとしてチャレンジしてみていたのだ。しばらく使っていなかったミシンも、少しメンテナンスし直してみた。インスタグラムの中を“#手作りマスク”というハッシュタグで検索することができるが、2月の頭あたりではほんの少しだったものがまたたく間に30万、40万という投稿量に拡大している。インスタ映え狙いというよりも、楽しさの共有である。
l 手仕事が末梢神経のスイッチを入れた
これもまさに指先や手を動かすことを、生活者自身が選んで始めたことに他ならないのだ。手仕事ということがいろいろなジャンルでクローズアップされた。手仕事という<身体生理>感覚の復権ということである。もっといえば、末梢神経を活性化させることこそが、暮らしのリズムを動かし、様々な気持ちスイッチを入れることにつながることになったといえる。
デジタル技術とその環境がますます整備され、暮らしのすみずみまで膨張していくであろう未來を考えた時、このコロナインパクトによって呼び戻され復権することになった<身体生理>感覚は、未來価値と行動変容の核になっていることが明確になったといえる。
この<身体生理>感覚の復権や抹消神経の活性化という生活行動は、<外>との新しいつながり方にも明確に現われている。外出自粛という強制的なコロナインパクトは、これまで通りの外への移動を停止状態にさせたけれど、それとは異なった新しい<外>の価値と、その<外>シーンでの行動変容を誕生させた訳である。
l 「免疫力」としての<外>シーンの価値
この<外>シーンの典型として2つを挙げておくことができる。1つは<散歩>シーンであり、セミアウトドアともいうべきベランダやガーデンデッキなどの<外>である。<身体生理>感覚の復権ともいうべき、料理や喫食シーンの流れでいうとセミアウトドアである<外>での喫食シーンが未來につながる価値と行動変容の象徴といえる。キーワード的にいうとベランダごはんである。このシーンでの気持ちスイッチの入り方へは、日射しや風や木のざわめきや鳥の声などといった自然そのものを、<身体生理>全体で感じとりながらの食であるということだ。対コロナウィルスということもあるが、この環境がむしろ快楽中枢を安定化させるということになっている。暮らしの中でのキーワードとして、この<外>での食シーンにリンクしているのが「免疫力」ということである。「免疫力」のためによいということで発酵食品であるヨーグルトや納豆という商品アイテム単独だけに焦点をあてるのではなく、<身体生理>感覚全体で感じとることのできている<免疫力>ということである。
l 「ネイバー2マイル」という非日常の発見
これは<散歩>という生活行動にとっても同様である。<おうち時間>が長くなったことによる運動不足解消といった面も、その選択の意識の中にはあるが、むしろ暮らしのリズムを作りだすための<散歩>スイッチといえる。車や交通機関を利用した行楽行為としての<散歩>ではなく、歩くことそのものや自転車を利用したりという、本当に身近な近隣、近所の<散歩>である。日常生活圏で身近なエリアの<散歩>なのだが、これが実は日常でも身近な生活圏でもなかったことを発見したのである。「ネイバー2マイル」という言い方をすることができるが、半径3キロ強の範囲内の<散歩>をしてみると、このエリアは日常的には接点がほとんどない、非日常の発見にあふれていたのである。
ちょっとした公園や緑地、遊歩道や、これまでは目にも入っていなかった様々な店舗の発見の連続なのである。通勤や通学動線という効率的な点と線でしか、暮らしは結ばれてもいなかったし営まれてもいなかったのである。足という末梢神経を動かし、<身体生理>全体として近隣という足元のもつ価値を感じとった訳である。脳という機能だけが合理的に理解していた立地や動線の発想が崩れていき、末梢神経が感じとった<暮らし>の資源の方に価値が移っていくことになるのだ。
詳細レポートは以下よりご覧いただけます。
辻中 俊樹
株式会社ショッパーファースト シニアフェロー
生活日記調査などエスノグラフィーアプローチによる生活者リサーチとユニークな解析を一貫して実施。
『マーケティングの嘘』(新潮新書)など編著書多数。