辻中俊樹のコロナインパクト雑感<3>

本日より複数回にわたり、コロナウイルスが生活に与えた影響と、コロナ禍における生活者の新たな気づきについてお届けします。
本日は第3回目のご紹介です。

—暮らしの<免疫力>というとらえ方—

 ●グローバルサプライチェーンといういびつさ

 外出自粛が生みだすことになった新しい<外>のシーンの価値の背景には、暮らし全体の免疫力のアップということがある。日射しや風を感じながらのベランダランチにも、ネイバー2マイルという新しい発見にあふれた近隣の<散歩>というシーンにも、<身体生理>をフル動員して免疫力を感じとるという気持ちスイッチが入っている。

 日常的な喫食シーンにおける「手作り」行動にも、同じような心理や価値観が顕在化した訳だが、これも同様の暮らしの文脈だといえる。<身体生理>感覚をフル動員し、末梢神経を動かすという食行動のスタイルこそが、健康で免疫力の高いものだと実感をし始めたといえる。最終消費者としてだけの存在ではなく、作るということから消費することまでの全プロセスに関与し直すということが、食や暮らし全体の免疫力をあげることになると感じとったということだ。利便性と効率性ということのためだけに、過度な分業によって暮らしをパーツ化し過ぎたことが、かえって暮らしの免疫力や健康度をいびつにしていることに気づいた結果である。

 たとえば使い捨てマスクがまたたく間になくなり、供給すらおぼつかなくなる事態を経験することで、いかに変動やリスクに対して脆弱な基盤の上に暮らしが成り立っているのかを実感したりもした。効率性と生産性の高さの追求によって理想的に構築されたグローバルサプライチェーンだったが、コロナインパクトがその課題を露呈させた訳だ。部分部分での経済的効率性による部分適正ではなく、少なくとも食ということについては、可能な限り安定性の高い基盤を望んでいるといえる。部分適性や満足だけではなく、全体としてのバランスのとり方がコロナインパクトによって模索された結果が、たとえば「手作り」に顕在化されたのであり、これが未來価値のあり方なのである。

 ●地域と暮らしの持続可能性づくり

 暮らしのリズム作りのために<身体生理>感覚が望んで行動に結びついた結果としての<散歩>シーンにも、地域社会というもののもつ健康度や免疫力のあり方が現われている。通勤や通学という経済社会リズムにとっての適正であった動線は、点と点を効率的に結んだ部分適性だけのメリットが強く、近隣地域という面の広がりを作りだしていなかった。<散歩>によって発見することになった近隣の様々な資源を見直すことで、暮らし全体の免疫力を高めようとし始めている。近隣地域の飲食店や様々な店舗のテイクアウトを利用することは、もちろん簡便、利便という価値がありつつ、助けあうという願いや祈りの発露といえる。これまではあまり意識することのなかった、近隣地域の農業生産物や特産品を直売所などで買ったりすることや、SOS農産品を利用する行動は、地域の免疫力を高めていくことになることを感じとり始めたのである。

 別の言い方をすると、このことが地域社会や暮らしのSDGsである。サステナブルディベロップメントゴールズ、持続可能な社会づくりの具体的な第一歩なのである。日常的な生活ではほとんど縁のなかった商店や農業などの生産者と、消費者というだけの関わりではなく、相互に地域の暮らしを共有するメンバーとしてフラットな関係をつくりだすことが、地域の暮らしのSDGsにつながっていく。この事に気づかせたきっかけが、このコロナインパクトだったといえる。グローバルサプライスチェーンの持つ経済的メリットだけでなく、ニューローカルリレーション&コーポレーションの重層化ということになる。たとえば、車利用での立地となっている大規模なショッピングセンターのような所ではなく、ローカルなスーパーマーケットなどは、こんな地域の助けあいの輪とSDGsの拠点になっているのだろうか。

 また、SDGsは生産供給者やサービス事業者だけが推進していく課題ではなく、地域の暮らしとフラットな関係になって共有していくことである。コロナインパクトが生みだした新しい価値観や行動変容がその鍵となっているのだ。これが地域のもつ免疫力の高さであり、地域と暮らしの関係の健康度のバロメーターといえる。

 ●カフェタイムで自分の「時間割」を作る

 このように免疫力というキーワードは、暮らしの中での部分適性の追求ではなく、暮らし全体としてのリズムの作り方そのものなのである。お菓子の手作りなどに特徴的に現われていることでもあるが、3食という喫食シーンと同じく、あるいはそれ以上に重要な位置を占めているのが間食である。間食という言葉は、相対的に価値の低いもののようなニュアンスが感じられるので、「カフェタイム」ということにしておく。このシーンの価値の重要性はいくら強調しても強調し過ぎることはない。ダイエットや健康という側面からみれば、このカフェタイムやその中で食べられることになるお菓子はできれば避けた方がよいという対象である。カロリーや糖分摂取ということからいえば、カットできればベストだという価値になってしまう。

 ところが、このカフェタイムは暮らし全体からみれば、重要な免疫力アップの機会になっているのだ。暮らしの健康度という視点でいえば、暮らしがリズミカルに流れていることが一番の条件なのである。健康という概念は、単に健康的な商品(たとえば健康食品)だけが意味を持つものではなくなったといえる。「おうち時間」の増大は、この暮らしのリズムの作り方に大きな変調をきたす要因となったのである。逆にいえば、暮らしのリズムは自分で作りだし自分でコントロールしなければならなくなったのである。自分の「時間割り」を自分で作る必要性が生まれでてしまった時、選択的に作りだすことのできるカフェタイムの価値は飛躍的に顕在化したといえる。

詳細レポートは以下よりご覧いただけます。

辻中 俊樹
株式会社ショッパーファースト シニアフェロー
生活日記調査などエスノグラフィーアプローチによる生活者リサーチとユニークな解析を一貫して実施。
『マーケティングの嘘』(新潮新書)など編著書多数。